東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)248号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いない甲第二号証(昭和六〇年一一月二五日付け手続補正書)、甲第三号証(昭和六〇年一月一〇日付け手続補正書中の全文訂正明細書)及び甲第四号証(特許願書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる(別紙第一図面参照)。
(産業上の利用分野)
本願発明は、輸送用の容器に関する。より詳細には、特別な材料を、粉末、ペレツト、顆粒あるいは薄片などの、ばらになつた状態で輸送するための、可撓袋に関する(全文訂正明細書第二頁第二行ないし第六行)。
(従来の技術)
近年、適当な形に縫われて、クレーンのフツクやフオークリフトのフオークに引掛けられるような吊り手段を備えた、織物生地で作られた積荷用容器が用いられることが多くなつた。容器には、実質的には、例えば1/2トンから二トンまでの量の材料が入れられる。中間積荷容器(IBC)としてこの技術分野において知られているこれらの容器の、構成上の問題は、十分な強度を与えることにある。なぜならば、容器は、持ち上げられたり輸送されたりする間に、乱暴に取り扱われたり取り扱われ損なつたりして、クレーンやフオークリフトによつて、衝撃的な力を受けやすいからである。破損する通常の原因は、容器に取り付けた吊り手段が、輸送物の重量に耐えられず、取れてしまうことにある。これは、吊り手段を取り付ける面積が小さいため、その取付部分に大きな応力が加わるためである。なお、容器が輸送物の重量に耐えかねて破裂する可能性は、これに比べて著しく小さい。同じ重量に対して、容器の支持面積が大きいので、単位面積当たりに加わる力、すなわち応力が小さいからである(同第二頁第七行ないし第三頁第一行、昭和六〇年一一月二五日付け手続補正書第一頁第一四行ないし第二〇行)。
織物でできた袋本体と、該袋本体に取り付けられた吊り手段とから成る可撓袋であつて、吊り手段が取り付けられる袋本体の部分の単位長さ当たりの縦糸(経糸)の打込み本数を、その他の部分の打込み本数の一・四倍以上になるようにして補強した可撓袋が、昭和四八年実用新案登録出願公開第六二二四六号公報に開示されている。この可撓袋は、吊り手段を取り付ける部分を補強することにより、輸送中に吊り手段が取れてしまうことを防止しようとするものであるが、地糸(補強されていない状態の織物を形成する糸)も、付加糸(増強のため用いられる糸)も、同じ種類の糸であり、同じ引張り強度を有する。したがつて、吊り手段を取り付ける部分を増強するためには、前記のように縦糸の打込み本数を、他の部分の少なくとも一・四倍にしなければならないのであり、増強の程度を高めるためには、さらに多くの縦糸を付加糸として打ち込まなくてはならない(全文訂正明細書第三頁第二行ないし第一八行)。
(発明が解決しようとする問題点)
本願発明は、前記の従来技術におけるように、増強の程度によつて縦糸の打込み本数を比例的に増加させることなく、吊り手段を取り付ける袋本体の領域を、所望の強度に増強させることを目的とする(同第三頁第一九行ないし第四頁第三行)。
前記目的を達成するため、本願発明によれば、織物でできた袋本体と、該袋本体に取り付けられた吊り手段とから成る材料輸送用の可撓袋であつて、前記吊り手段が取り付けられる前記袋本体の領域が、縦糸方向に該領域に集中して織り混ぜられ、前記吊り手段を取り付けるのに十分な幅の帯状となるように配置された増強糸によつて増強されていることを特徴とする可撓袋が提供される(昭和六〇年一一月二五日付け手続補正書第二頁第五行ないし第一二行)。
(実施例)
増強領域は、織物の地糸よりも高い引張り強度を有する糸、すなわち増強糸を織り混ぜることにより形成されるが、織り混ぜ方の形態として、増強糸は、地糸に更に付加するようにしてもよく、また、一部の地糸と置き換えられるようにしてもよい(全文訂正明細書第六頁第一一行ないし第一五行)。
別紙第一図面を参照しながら、本願発明の実施例を詳細に説明すると、第1図には、四つの側面10ないし13と、底面(図示しない。)とを有する可撓袋が示されている。それぞれの側面は、一組の増強領域21ないし28を有している。吊り輪15ないし18の形をした吊り手段は、増強領域に取り付けられ、袋本体の開口上端部から延びる輪を与えている。これらの吊り輪は、増強領域において、織物の折り重ね部51を貫通して縫い込まれている(同第六頁第一六行ないし第七頁第九行)。
図示されているように、増強領域は、袋本体の上部から底部まで、中断されることなく延びている(同第八頁第一九行ないし第二〇行)。
通常の可撓袋において、最大の応力がかかり、破損が最も起こりやすい場所は、吊り輪を袋本体へ取り付ける所である。袋のこの場所の強度を増大させるために、袋本体の、吊り輪が取り付けられる部分には、増強領域21ないし28が形成される。増強領域は、吊り手段を取り付けるべき袋本体の領域に、増強糸を縦方向に集中して織り混ぜることにより形成される。増強糸は、吊り手段を取り付けるのに十分な幅の帯状となるように配置される(同第一一頁第一五行ないし第二〇行、昭和六〇年一一月二五日付け手続補正書第二頁第一六行ないし第一九行)。
第4図には、増強領域21ないし28が長手方向に沿つて形成された織物が示されている。同図では、八本の増強領域が、幅方向に間隔をおかれて配置されている。例えば第1図に示すような袋を作るためには、織物の幅Xが、実質的に袋本体の周辺の長さ、すなわち四つの側面の幅の総計に相当するように織られる。織物は、長さYで切断される。長さYは、袋本体の側面下部が内側に折りたたまれて底面を形成するのか、又は上部の縁が折り曲げられるのかによつて、袋本体の高さより長くするか等しくするかを定められる。切り取られた織物は、増強領域に平行な軸の周りに、すなわち矢印Aの方向に曲げられて、筒状の袋本体側面を形成する。増強領域を織物の長さ方向に沿つて形成するときは、増強領域は、増強糸を縦糸として織り混ぜることによつて作られる。しかしながら、第5図では、増強糸を横糸として織り混ぜ、織物の幅方向に沿つて延び、かつ互いに間隔をおかれた複数の増強領域を作つている。第5図の織物は、その幅Yが、実質的に袋本体の高さに相当するか、あるいはそれより長くなるように織られるが、その幅及び長さは、袋本体の側面下部が内側に折り曲げられて袋本体の底面を形成するのか、又は上部の縁が折りたたまれるのかによつて決められる。この織物は、長さXで切り取られるが、長さXは、実質的に完成された袋本体の周囲の長さに相当する。切り取られた一定の長さの織物は、増強領域に平行な軸の周りに、すなわち矢印Bの方向に曲げられて、袋本体を形成する。このように、第5図の織物では、増強糸は横糸として織り混ぜられて増強領域を形成しているが、完成した袋本体の縦横関係からみれば、増強糸は、第4図の織物と同様に、縦糸方向に織り混ぜられていることになる。本願明細書における「縦糸方向」とは、このように、袋本体の縦横関係からみて縦の方向、すなわち袋が持ち上げられる方向であることを意味する(全文訂正明細書第一二頁第三行ないし第一三頁第一二行、昭和六〇年一一月二五日付け手続補正書第三頁第三行ないし第一〇行)。
一般的には、増強領域は、袋本体にかかる荷重を分散するため、吊り手段を取り付ける縫込みができる所であれば、織り端に至るまで、織物のどんな部分にでも設けることができる。例えば、第6図及び第7図に示すように、増強糸37は、地糸を構成する縦糸36又は横糸35に対して、適当な様式で織り混ぜられる。織物地自身は通常は平織りであるが、綾織り、斜子織りあるいは畝織りのような他の織り方であつてもよい。第6図では、増強糸37が、平織りの織物地に、平織りとしてどのように付加的に織り混ぜられるかを示している。他方、第7図では、増強糸37が、平織りの織物地に、畝織りとしてどのように付加的に織り混ぜられるかを示している(全文訂正明細書第一三頁第一七行ないし第一四頁第一〇行)。
いずれにせよ、増強糸は、吊り手段を取り付けるのに十分な幅の帯状に配置されるよう、集中して織り混ぜられる必要がある。さもないと、増強された領域に、吊り手段をしつかりと取り付けることができなくなるからである(昭和六〇年一一月二五日付け手続補正書第三頁第一三行ないし第一七行)。
(発明の効果)
本願発明によれば、可撓袋の吊り手段を取り付ける領域が、増強糸を織り混ぜることにより増強されるので、従来技術のように地糸と同じ引張り強度を有する糸を多数打ち込むことなく、比較的少数の増強糸で、所望の強度を得ることができる。増強の程度は、増強糸の種類を選択することにより、本数を増やすことなく、変えることができる(全文訂正明細書第一五頁第一三行ないし第二〇行)。
以上のとおり認められる。
2 本願発明と第一引用例記載のものとの相違点について
(一) 本願発明の構成は、前項記載のとおりであるが、そこにいう「増強糸」は、本願の全文訂正明細書の「織物の地糸よりも高い引張強度を有する糸すなわち増強糸」(第六頁第一一行及び第一二行)、及び「本願発明によれば、(中略)増強糸を織り混ぜることにより増強されるので、従来技術のように地糸と同じ引張強度を有する糸を多数打込むことなく」(第一五頁第一四行ないし第一七行)との記載から、引張強度を増強されて、織物の地糸よりも高い引張強度を有している糸であることは明らかである。この点に関する被告の主張は、失当である。
(二) 成立に争いない甲第六号証(第一引用例の願書添付明細書及び図面の内容を複写したマイクロフイルムの写し)によれば、第一引用例記載のものは粉粒体等のための輸送袋に関するものであつて、「袋本体に吊紐が取着された輸送袋において、吊紐が取着される部分の単位長さ当りの経糸の打込本数がその他の部分の単位長さ当りの経糸の打込本数の一・四倍以上となるように袋織に織成された筒状の織布から前記袋本体が形成されている事を特徴とする輸送袋」を要旨とするものであることが認められる(第一欄第五行ないし第一三行)(別紙第二図面参照)。
そして、同号証によれば、第一引用例には、「この輸送袋については、吊紐によつて吊上げて荷役作業を行うため、吊紐取着部周辺に荷重が集中し、破損しやすかつた。」(第一欄第一六行ないし第一八行)、「吊紐が取着される部分12は単位長さ当りの経糸の打込本数をその他の部分13の一・四倍以上に定められる。一・四倍よりも少ないと吊紐が取着される部分12は実質的に補強され難くなるからである。」(第三欄第一五行ないし第一九行)、及び「吊紐が取着された部分へ荷役時に集中荷重が作用しても破損しがたく堅牢なものとなつている。そして吊紐が取着された部分が破損しがたいものであるから」(第五欄第三行ないし第六行)と記載されていることから判断すると、第一引用例記載のものは、その要旨とする構成を採用することによつて、吊紐が取着された部分へ集中的に荷重が作用しても破損しないようにしたものであることが理解できる。
右のように、第一引用例の吊紐が取着された部分の増強は、縦糸の打込本数を増加することによつてなされるのであるが、その縦糸は、前記の「一・四倍よりも少ないと吊紐が取着される部分12は実質的に補強され難くなる」との記載からみて、地糸と同じ強度のものであると判断されるのであつて、第一引用例には、地糸より引張強度の大きい糸の使用によつて増強を図るという技術的思想の開示を認めることはできない。
そうすると、本願発明と第一引用例記載のものとは、織物でできた袋本体と、該袋本体に取り付けられた吊り手段とから成る材料輸送用の可撓袋において、前記吊り手段が取り付けられる前記袋本体の領域を増強することによつて、吊り手段が取り付けられた領域へ集中的に荷重が作用しても、破損しないようにしたものである点において一致するが、両者は、吊り手段が取り付けられる袋本体の領域を増強する具体的手段、すなわち構成、において相違していることも明らかである。すなわち、本願発明が、織物の地糸よりも高い引張強度を有する糸、すなわち増強糸を織り混ぜることによつて増強するものであるのに対し、第一引用例記載のものは、地糸と同じ縦糸の打込本数を増加するものであるから、本願発明の構成は第一引用例記載のものの構成と格別の相違がないとする趣旨の審決の判断は、正当でないというべきである。
3 相違点の判断について
審決は、本願発明の要旨における「増強糸」を、仮に地糸よりも高い引張強度を有する糸と解するとしても、織物製の袋の吊紐を取り付ける所望部分を増強するために、第一引用例記載のもののように縦糸として地糸と同じ糸の必要数を付加するのに換えて、本願発明のように糸そのものの強度の大きなものを用いることは、当業者であれば格別の推考力を要しないと判断しているところ、被告は、右判断の根拠となる周知ないし慣用の技術として、第二引用例及び「織物の耳」といわれるものを挙げている。
そこで検討するに、成立に争いない乙第一号証によれば、第二引用例には、肩部、首部両側及び袋主体底部において、布帛の地組織内に経緯両方向にわたつて多数の補強糸条が配置されている土木用包袋が記載されており、右土木用包袋は、耐水性、耐蝕性の布帛を主体とし、水は透過させるが土砂粉等は通過させない密度の地組織を有するものであると認められる(別紙第三図面参照)。そうすると、右土木用包袋は、水を含んだ土砂粉等を入れるために耐水性及び耐蝕性が要請されるものであつて、前記補強の目的は、土砂粉等による摩耗を防止する耐摩耗性の向上、あるいは土砂粉等の重量により袋が異常に拡大又は伸長することを防止する袋の保形の維持にあると推認することができる。しかしながら、右土木用包袋には吊り手段が設けられておらず、補強箇所が袋の肩部、首部両側及び袋主体底部とされていることから判断すると、第二引用例記載のものの技術的課題(目的)が、本願発明のように、吊り手段を取り付ける袋本体の領域を所望の強度に増強することにあるのでないことは明らかである。
のみならず、補強糸条による織物の補強の手段としては、一般に、補強糸に地糸と異なつた材質のものを選定すること、補強糸を地糸に比べて太くすること、あるいは補強糸の密度を地糸より高くすること等を想定することが可能であるが、第二引用例には、その補強糸条がどのようなものであるかについて全く記載がないから、補強の手段について具体的な事項の開示をしているとはいえない。
したがつて、第二引用例には、本願発明の技術的課題(目的)と共通するところが全く記載されていないし、補強手段の具体的技術として、地糸よりも高い引張強度を有する糸を配置することが明確に記載されていないことはもとより、それを示唆する事項も認められないのであるから、第二引用例によつて、織物の所望部分を補強するために地糸よりも強度が大きい糸を用いる技術が本件優先権主張日前に周知であつたと認めることはできない。
なお、被告は、慣用技術として「織物の耳」といわれるものをも挙げ、その一例として、本件出願の当初の明細書の記載(甲第四号証第七頁第六行ないし第八行)を引用している。しかしながら、右記載部分によつて、織物地がほどけるのを防ぐために縁に沿つて延びる織りはしとして知られている増強領域を設けることが慣用されていたことは明らかであるが、右増強領域が、織物の地糸よりも高い引張強度を有する糸によつて形成されることまでが慣用技術であると認めることはできず、ほかに、被告が主張するように、いわゆる耳糸は地糸である縦糸よりも高い引張強度を有する糸であることが普通であることを認めるに足りる証拠はない。
以上のとおり、織物製の袋の所望部分を増強するために糸そのものの強度の大きなものを用いることが周知慣用の技術であつたと認めることはできないのであるから、たとえ本願発明が対象とする可撓袋に国際規格による安全基準があるとしても、袋の吊紐を取り付ける部分の増強手段として、地糸と同じものを付加することに換えて糸自体の強度が大きなものを用いることは当業者であれば格別の推考力を要しないとすることは根拠がなく、相違点に関する審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。
4 本願発明が奏する作用効果について
前掲甲第三号証によれば、本願発明は、前記のように、比較的少数の増強糸で、所望の強度を得ることができ、かつ、増強糸の種類を選択することによつて、強度の程度を変えることができるとの作用効果を奏し得るものと認められる。
そして、第一引用例記載のもののように、増強手段として地糸と同じ縦糸の打込本数の増加する方法を採用した場合は、打込本数の増加には物理的な限界があることは技術的に自明であることを考慮すると、本願発明が奏する前記作用効果は、格別のものであるということができる。
5 以上のとおりであつて、本願発明は、当業者であつても第一引用例の記載から容易に想到し得たものとは考えられないから、本願発明は第一引用例の記載内容から当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定、判断は誤りであり、違法なものとして、取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
織物でできた袋本体と、該袋本体に取り付けられた吊り手段とから成る材料輸送用の可撓袋であつて、前記吊り手段が取り付けられる前記袋本体の領域が、縦糸方向に該領域に集中して織り混ぜられ、前記吊り手段を取り付けるのに十分な幅の帯状となるように配置された増強糸によつて増強されていることを特徴とする可撓袋(別紙第一図面参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙第一図面
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(以下省略)